2010年8月17日火曜日

英語学習について(会話中心の勉強法の虚実)-続き

<3> 文法の効用

非常に限られた時間で勉強しなければならないので、必然的に効率良い方法が必要になります。

一つ有効な方法は、文法を味方に付ける、有効利用することだと思います。文法とは、文字通り、文の法則です。法則を知って勉強することは、知らないで勉強するより
有効であることは言うまでもありません。大切なことは、文法に振り回されるのではなく、文法を
味方につけることです。

例えが適切ではないかもしれませんが、数学の学習にあたって、法則である公式を知らないで
勉強することは、非効率でなないでしょうか。
be動詞+動詞のing形が進行形であるのは知っていることは、have+過去分詞が現在完了で
あることを知っていることは、間違いなく勉強の手助けになります。

既述のように、外国語の習得には、母国語の習得を助けてくれる親の様な24時間つきっきりの先生はいません。
必然的に一人で学習する時間が多いはずです。この時、指針となる一つが文法だと考えられます。

文法の学習にあたって、英語は日本語とは異なる言語で、文法も異なることを前提にしておく
ことも見落としやすい点でなないかと思います。そして、機を見て、どの点の文法が異なるかを
具体的に対比させることは有効だと思います。
例えば、文型ですが、英語の五つの文型はすべて主語+(助動詞)+動詞で始まります。
他方、日本語は、主語が先頭に来ることは多いのですが、(助)動詞は文末にくることが多い。
このような違いに気づくことは、学習の手助けになると思います。

又、比較的リズムの強弱が少ない日本語に対し、英語はアクセントの強弱が日本語より激しい
言葉で、この様な知識は、英語の発音やアクセント等の学習時に役に立つはずです。

 
<4> 「読む」、「聴く」、「書く」、「話す」
 
語学には、読む、書く、聴く、話す、の4つがあると言われます。

日本人は、前者の「読む」、「書く」は比較的できるが、後者の「聴く」、「話す」は苦手だとされ、
この点を克服するのがいわゆる会話中心の勉強法という考え方が多くなってきています。
この様な、会話中心勉強法推進派の考えに同意しかねます。

「読む」という行為は、英語を目から取り入れ、その情報を脳で理解していく作業です。
他方、「聞く」という行為は、英語を耳から取り入れ、その情報を脳で理解する作業です。
つまり、情報の入り口は異なるのですが、その情報を脳で処理するという点では同じです。
そして、「読む」スピードは自分の脳による理解力に合わせて調節できますが、
「聴く」スピードは話者に委ねられ、一般に、「読む」より断然速いのが普通です。
そのスピードの差によって、「聴く」時には、「読む」時よりもずっとスピーディーな、脳での理解力
が要求されます。お分かりの通り、「聴く」のは「読む」よりずっと難しいのです。

ですから、「読む」ことはできるが「聴く」ことはできない人がいても、なんら不思議はなく、その
原因は、多くの場合、勉強法にあるのではなく、話者のスピードについていくだけの脳の理解力
が不足している事にあるのです。脳の理解力を鍛える勉強量が十分ではないのです。
(もちろん、情報の入り口である耳をある程度鍛えることは不可欠です)。

同様に、「書く」という行為は頭で文章を組立て、それを手で表現する作業で、「話す」という
行為は頭で組立てた文章を口で表現する作業です。
表現する手段は異なりますが、頭で文章を組立てるのは同じで、聞き手が待ってくれないので
「話す」行為は「書く」よりスピードが要求され、従ってより難しい。
だから、「書く」ことができても「話す」ことが苦手な人は、単にそのスピードが足りない場合が
多い。(もちろん基本的な発音ができるというのは条件です)。

この様に考えると、「読む」と「聴く」は密接に関連しており、「書く」と「話す」も関連度が高い。
「聴く」ことは「読む」事と同じカテゴリーの作業であるが、その難度が高い。
「話す」ことは「書く」事と同じカテゴリーの作業であるが、その難度が高い。
同じカテゴリーにある作業なので、「聴く」為の勉強法が、「読む」為の勉強法とは全く別個に存在するとするのは錯覚ではないでしょうか?

情報の入り口が異なるというだけで、脳による文章理解力が求められるという点では同じなので、「読む」力をどんどん高めていけば、それにつれて脳の文章処理スピードは高まり、よって「聴く」力も向上していきます。つまり、速読ができるようになれば、リスニング力も高まっていきます。
「読む」為の勉強は、リスニング力向上にも役立つのです。
同様に、「書く」為の勉強は、スピーキング力向上にも役立ちます。

次回へ続く。

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