2010年8月16日月曜日

<1> 英語学習の心構え

ボーダーレスの時代を迎え、好むと好まざるとに拘わらず、英語が国際語の地位を確立している中、英語に対する関心は高まり、それにつれて、英語学習に関する本もたくさん著されています。
(この場合、コミュニケーションの道具としての英語に対する関心であり、英語を通して英語圏の文化や考え方を学ぶ姿勢等には発展しておらず、よって、ここに記す私見もコミュニケーション
の道具としての英語に関するものが主である点はご了承下さい。)
それらの本の多くは、いかに省力化して、英語学習を行なうかに力点が置かれている様に
見受けられます。

しかし、日本語と全く異なる外国語である英語の学習に、大きな努力は避けて通ることのできないものであり、簡単に英語を勉強することなど、極く限られた、飛びぬけた才能の持ち主以外には期待できないことではないかと、考えます。
もちろん、効率よく学習することは重要ですが、「効率よい学習=努力不要」ということではありません。

また、多くの人は、長年の英語学習にも拘わらず日本人が英語ベタなのは、その学習方法に問題があるのであり、会話に重点を置くなど、方法によっては簡単に英語をマスターできると触れ込みますが、この様な説も、本質を捉えているとは言いがたいと思います。いわゆる「会話中心」の英語学習方法も、英語学習者を努力の必要性から解放するものではありません。(理由は後述)。

英語が重要であることには疑念の余地は少ないですが、だからと言って、万人が万人、英語を必要とするということはなく、英語とは全く無縁に、豊かな生活を送られている方もたくさんおられると思います。
その様な中で、英語を勉強しようと思われる方々に、「簡単に英語をマスターしよう」との考えを
抱かないでほしいと感じています。その様な考えは、挫折を招きやすく、よって、途中で投げ出すことによって、投げ出す前までに費やした時間や労力、お金を無駄にすることになってしまいます。
英語学習には多大な努力が不可欠であるという前提で学習に望んでほしいと思います。
他方、その心積もりがもてない場合は、英語学習にかける労力や時間、お金を、当初から
他の事に振り向け、充実した生活を送って頂いた方が得策でなないかと考えます。

 
<2> 会話中心の勉強法の「虚」
 
「会話中心」の学習の対極にあるのが、文法を重視した勉強法です。

日本人は、文法など気にすることなく、日本語をマスターし、日本語でコミュニケーションを
図ります。(英語を母国語とする人は、文法など気にせず英語で会話します。) 
これが、会話中心勉強法を推薦する方の因って立つ一つの論拠で、そもそも言語を習得するのに、文法に振り回されるのは間違いであると、主張されているのだと思います。

しかし、ここで、当たり前であるが、非常に重要な点が忘れ去られているように思えてなりません。
本語は我々の母国語であり、英語は外国語であるという点です。

母国語は、日本語であれ、英語であれ、極めて理想的な環境で習得されていきます。
我々は多くの場合、生まれたその瞬間から、親を筆頭に、周りの人間から、かわいがられ、声をかけられます。特に親は、四六時中、そばにいてくれ、「ママですよ」とか「パパですよ」とか、その他「お腹すいてない」とか、声をかけてくれます。暑ければ「暑いねー」、車を見れば「ブー、ブーだ」、花を見れば「きれいだね」・・・等など。 これが1年365日、毎日、毎日続きます。しかも大きな愛情を持って、声かけが行なわれ続けます。
親だけではなく周りの人が、例えば、看護婦さん、親戚、兄弟姉妹、お祖父さんお祖母さん、近所の方々、色んな方が、愛情を持って、話しかけ、会話してくれます。

もちろん、これは、勉強の為という意識を持って行なわれていることではないのですが、非常に優れた言語の授業になります。 教科書を見てではなく、実際にママと接して「ママ」という単語を覚え、実際の空腹を感じながら、「お腹すいた」という言葉を習い、現実の暑さの中で、「暑い」という言葉を習得していきます。
繰り返しになりますが、これが毎日毎日続き、しかも一日のうちでも、起きてる間中行なわれるのです。
これほど優れた言語の学習環境は他にはありません。

例えば、同じ環境で、英語を勉強できれば、母語である日本語と同様、文法など気にせず、英語を身に付けることができるでしょう。しかし、同じ環境を作ることは不可能です。たとえ、日本人がいない、世界の僻地に行っても、誰が親と同じ愛情を持って四六時中声をかけ続けてくれるでしょうか?
周りの人が、声をかけ続けてくれるでしょうか?
幼児期を過ぎても、例えば保育園で他の園児と日本語で会話をし、保母さんが日本語で世話を
してくれ、小学校へ上がれば、算数などの他の教科も日本語で学び、テレビや、ゲームもすべて
日本語。
このように、母国語の場合は、極めて理想的な環境で、身に付けることができます。
他方、外国語である英語の学習時間は数時間/日が精一杯でしょう。

学習環境が全く異なる中で、同じ方法で学ぶには無理があります。
残念ながら、外国語である英語は、非常に限られた時間で勉強するより他ないのです。
だから、母国語と同じ、ただ単に聞き流す方法や、文法を無視した学習方法は効果が
うすいと考えられます。

次回へ続く。

0 件のコメント:

コメントを投稿